シニフィアン シニフィエ(1)『パン オ ルヴァン』『バゲット ドゥ ジュール』『クロワッサン』

風薫る五月、今月は “東京のパティスリー&ブーランジュリーの駆け足紹介月間” といたします。

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世田谷区三軒茶屋にあるブーランジュリー、「シニフィアン・シニフィエ」。店に行く前は値段が高すぎる店、店名もマーケティング上の虚仮威しだと思っていた。
しかし、店を訪れて、志賀勝栄シェフが業者と静かに紳士的に接する態度、客にさりげなく目礼して通り過ぎる姿勢、風貌を見て、沈思黙考、深い思索に耽る人だということが了解できた。
値段についても、パンの大きさで納得した。
ということで、先入観を取り払っての体験である。


●『パン オ ルヴァン(1/2)』 径28.5cm 高さ7.5cm 560gほど。
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大きい。ホールでは1kgを超える。

2円/g以内は比較的安い部類だ。
世評では、特別の美味しさとともに高いと聞かされていただけに、少なからず驚きがあった。

そして食べてみて、その酸っぱさにまた驚かされた。

そう、天然酵母のパンは酸っぱいはずのものなのだ。かつて、1980年前後に天然酵母のパンが話題になりはじめた頃、それはもう酸っぱかった。しかもボソボソ。
その後「ルヴァン」などにより、製法が開発され、天然酵母のパンといえども、すっかり大人しく美味しくなめらかな食感に様変わりしてきた。

こちらの『パン オ ルヴァン』は少し先祖帰りしたように、はっきり酸っぱい。志賀シェフはあえて流れに逆らって、自分の味を選び取っている。

同じ『パン オ ルヴァン』という名前であっても、その指し示すものは人それぞれ違うのだ、ということを言っているのではないか。まさに店名の「指す言葉 signifiant、指される物 signifie」は、シェフのパンづくりの姿勢そのものだった。

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噛むほどにジワジワ酸っぱいのだが、同時に旨味も湧いてくる。食感はなめらか。
クラストはザックリ。クラムはしっとり。

トーストするとややマイルドになるし、バターを塗ると食べやすい。チーズ類は全般によく合う。
慣れるほどに、このパンでなければという癖になる強さがある。

見事というか、立派なパンだ。





●『バゲット ドゥ ジュール』 6.5×44cm 高さ4cm 160gほど。
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こちらは、“毎日のパン”と命名されているから、さっぱり指向かと思いきや、とても濃厚な味わい。
バゲットはあくまで料理の脇役だろうと思うが、これは明らかに主役を喰っている。

粉の味は濃厚、塩気はやや濃い。
クラストは焼き戻すとカリカリサクサク軽妙な食感。
クラムはもっちりと引きが強い。粉の香りも醗酵の香りもともに高い。気泡はランダムにできていて、発酵の状態が良好であることを示している。
それでも、生地はやや密な感じがあって、クラム好きの日本人的好みも取り入れられている。

1.6円/g程度だから、毎日のという範疇にギリギリ入るのだろう。
おそらく、毎日これだけ美味しいものを食べてほしいという願いが込められているのではないだろうか。

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香りや味わいからいって、かなりいい素材が使われているはず。良心的な価格設定だと思う。









●『クロワッサン オ ルヴァン』 12.5×9強cm 高さ3.5cm 40gほど。
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うまくパッキンで保護したつもりだったが、潰れてしまった。申し訳ないことをした。
味わいの全容を伝えることには皆目ならないかもしれないが、とりあえず、食べた印象を一言。

クラムが意外と白っぽい。普通、バターたっぷりだとかなり黄色い生地になるものだ。
ところが白いのにバターの香りが高く、しかも品がよく、優しい香り。味わいもバターの甘さが真っ先に来る。

白っぽくて品のいい香りのバターというとカルピスバターなど、いろいろあるだろうが、いずれも高価。いい材料を使っていることは間違いない。

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天然酵母のようだが、『パン オ ルヴァン』と違って、さほど酸味は感じない。
やはりバターとの相性の良さが発揮されているようだ。





菓子パンは少しあるようだが、総菜パンは一つもない。その代わり、お勧めのワインとチーズを一緒に販売している。ここにも、パン食のあるべき姿勢の強い主張が明確に表れている。つまらない疑いが晴れて、尊敬の念が湧いてきた。
パンは1/4までカットしてくれるようなので、次回はぜひ、もう少しいろいろ取り混ぜて買ってみよう。



●『パン オ ルヴァン(1/2)』750円  『バゲット ドゥ ジュール』260円  『クロワッサン オ ルヴァン』220円

●「シニフィアン シニフィエ」
  東京都世田谷区下馬2-43-11  TEL03-3422-0030  定休日/不定休