パティスリー ビガロー(1) 『オペラ』『ミゼラブル』『モンブラン』

東京都世田谷区、桜新町の「パティスリー ビガロー」さん。初めて行ってたちまち虜になりました。ショーケースを見ると店名の書かれたピックすらなく、茶色っぽい地味な姿のケーキが多いのですが、だからこそと云うべきでしょう、どのケーキもおいしさにまっしぐらという風情を湛えているのです。
そして石井亮シェフも奥様のめぐみさんも、ヴィロン粉が、カルピスバターが、ほかにももろもろの素材がいかに美味しいかについて熱く語ってくれるのです。彼ら自身がまっ先に美味しさへまっしぐらの人たちだったのです。
また、伝統菓子をアレンジするときの慎重さ、歴代のルセットに対する尊敬の念。それらを乗り越えられるという確信のもとにようやくオリジナルのアレンジを加えていることがひしひしと伝わってきます。自身が真剣に取り組んでいるからこそ、先輩たちの偉大さが見えて来るのでしょうね。
初対面にして1時間以上熱く語り合ったのは、お菓子に対するまっすぐな気持ちが伝わって来たからに違いありません。


●『オペラ』  2.8×8cm 高さ3.5cmほど。
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ほぅ、ピシッとした角の立ち方、美しいです(写真は持ち帰りの際にモンブランの粉糖が降り掛かってしまって申し訳ないことをしてしまいました、深謝)。

さて。これほど誰でも作る定番の本格フランス菓子は少ないですね。
でもその中身はてんでんバラバラ。
パータグラッセをグラッサージュに置き換えるパターン、ジョコンドに打つシロップにブランデーかラムを加えるパターンに始まって、生地の枚数の変化やクリームの置き換えなど。
よほど変なことをしない限り、包容力のある味わいがベースになっているので、それなりに美味しく決まっています。
しかし、こちらの『オペラ』はそんじょそこらのものとは出来が違いました。ふぅ。

石井シェフの自信作。スペシャリテです。
「チョコレートと珈琲をマリアージュさせたケーキですが、香りの決め手は珈琲が握っていると思うんです。だから、僕に取ってオペラはまず“珈琲ありき”のケーキなんです」といかにも楽しそう。

珈琲は、ラヴァッツァのドリップ用のコーヒー“クォリタ オロ”に辿り着いています。酸味のないストレートな苦みが魅力。
それを支えるガナッシュに使うチョコはヴェイス社の“アカリグァ”とミルクチョコの“レシュプレーム”。優しい当たりの柔らかさと奥行きの深さを兼ね備えたガナッシュに仕上がっています。
食感のいいジョコンドにビショビショになるまで打たれた“クォリタオロ”のシロップ、アカリグァのガナッシュ、極薄に仕立てたパータグラッセ(グラッサージュはココアの焦げ匂いがして嫌いだそうです)。もともとパータグラッセだったしね。
ここまではすぐれた技術で丁寧に作ったオペラです。定番通りコーヒーのバタークリームと合わせても優れた味わいだったでしょう。

画像が、しかーし。ここで終わらせるシェフではありません。
珈琲をより目立たせるために選んだのはコーヒーのバタークリームではなく、ヘーゼルナッツのプラリネバタークリーム。
油脂感の強いまったりとしたプラリネの香りを背景に珈琲の苦み走った薫りが、クッキリと浮き上がって感じられると云う寸法です。
そして、珈琲・チョコレート・プラリネと段階の違う苦みと薫りがそれぞれの甘味に支えられて、自己主張しながら溶け合って行く感覚が絶妙というしかありません。

なにこれ? ふっふはははっ~。本当に珈琲が持続低音のように豊かに響いていて……美味しいっ、美味しすぎる!
原典を尊重しつつ、新しい作り手としての意見を静かに力強く述べている姿勢も含めて、傑作です!




●『ミゼラブル』  3×8cm 高さ5cmほど。
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石井シェフがルクセンブルクの「オーバーワイス」(ルレデセール元会長)で修業していた時に覚えたお菓子。本場はベルギーだけど、「オーバーワイス」では隣国の独仏伯のお菓子と出会うことが多かったそうです。
でもルセットは変えていますけどね。

日本では層を沢山重ねるパターンがよく見られますが、元々はダクワーズに近い分厚いメレンゲ生地で分厚いバタークリームをサンドするのが定番。

シェフは自身がメレンゲ生地の歯に着くようなねっちり感が嫌いだそうです。
そこで、アーモンドプードルの量を増やし、粉を少量加えるレベルに変えました。その上、プードルを事前に焦げる寸前まで空焼きしておきます。合わせるイタリアンメレンゲは極力泡を潰さないようにヘラでさっくりと混ぜています。
こうして作ったダクワーズはプードルの油も出切っていて、粉のつながりが弱く、軽くサックリとした歯切れのいい食感に変貌を遂げています。

フォークでサクッと切れるのですよ、いやもうびっくり! 五十路をとうにすぎているというのに、初体験。その心地よさからもその凄さをわかっていただけるでしょうか。さらに、その香りの高いことといったら、もぅ!

バタークリームも出色。カルピス醗酵バターを使い、アングレーズベースのバタークリームに。軽やかで品のいい香り。優しい甘さと卵黄とバターの深い味わい。すべるように伸びやかな食感。はぁ。

それぞれのパーツが出会うと、どちらも大人しいけれど逞しい力強さのある個性がぶつかりあい、お互いをより高め合うベストマッチであることを示しています。
シンプルの極みのようなお菓子なのに、汲めども尽きぬ奥深い味わいで魅了してやみません。お見事!



石井シェフはフランス時代、パティスリーだけでなく、ブーランジュリー、レストランと幅広い修業を積んでいます。粉の扱いに長けるようになること、臨機応変の柔軟さを身につけることなど、実践面でも役立つことが多いでしょうが、一番は視野の広さを獲得することにあったのではないでしょうか。
伝統菓子における、受け継ぐべきコンセプトと、革新すべき部分の見極めの確かさをみても、師匠である優れたシェフたちのお菓子作りの精神、クリエイティヴとはどういうことかということを、根っこの深い所から理解したんだろうなということが容易に想像できます。

「エルベラン」の柿田シェフに教えてもらったお礼を言いに行ったら、何から何まですべて美味しいと聞かされ、まだたった5品しか食べていない私たちは、今すぐにでも行きたい心がメラメラと燃え上がるのでした。



●『オペラ』500円  『ミゼラブル』500円  (※内税)

●「パティスリー ビガロー」
  東京都世田谷区桜新町1-15-22  TEL03-6804-4184  定休日/水曜  営業時間/9:00~19:00

  ※ブログ「パイ日和」では、こちらのパイをご紹介しています。



※モンブランは通常「パイ日和おまけ」で紹介していますので、こちらにも掲載しておきます。だって、このモンブランを知らずしてモンブランを語るなかれ!
●『モンブラン』  4.5×10.8cm 高さ5cmほど。
画像バルケット型のパートシュクレ(アーモンドプードル入)の土台の上に、クレームダマンド、クレームシャンティ。
このシャンティの中にエグランティーヌ(野バラの実、ローズヒップ)のコンポートを射込み、マロンクリームで覆っています。プレーンなシュトロイゼルで食感をプラス。表面はお約束の白い粉糖。
円形だとエグランティーヌの入るところ入らないところができるので、バルケット型に。ふーむ。

洋栗を使っているのですが、それでもメレンゲの土台では甘すぎるからやめ、マロンクリームの甘味も控えています。マロンとの定番コンビのカシスでは味が鋭過ぎて却下。辿り着いたのが温和な酸味のエグランティーヌ。
ヨーロッパのレストランで働いていた時、肉のソースにこのエグランティーヌのピューレをよく合わせたりしていたそうで、すっかり手の内にはいっている香りなのですね。

口へ運ぶと……しばし、陶~然。
食べやすく優しい味わいのモンブランなのですが、それでいて感銘の深さは計り知れないほど。
やはり、エグランティーヌが“ヒロイン的性格”を持っているからこそでしょう。デビュッタントで壁の花の間は目立たないけれど、王子にフロアの中央に連れ出されると個性が輝きを放つような。
酸味が控えめというだけでなく、香りがじつに独特。薔薇の花のように華やかさではないのですが、むしろよりエレガントな品位の高さを感じさせる静かな香り。
また、主役のマロンペーストの香りを覆ってしまうこともしません。なんとも絶妙のバランス。

「ほら、ビガローさんのモンブラン」「そうそうあれ」「野バラの実、モンブランには最初からこれが定番だった、なんて気がしてくるほどだよね」云々。
確信しております、これからの生涯、何度も二人の間で話題にのぼることでしょう。
記憶に深く刻まれるモンブラン。素晴らしすぎますよぉ、シェフ。