パティスリー ショコラトリー エメラ(16)『アンモナイト』『メルヴェイユ』

奈良市、近鉄奈良線・富雄駅から南へ2分ほどのところにある「パティスリー ショコラトリー エメラ」さん。シェフの藤原尚樹さん(1973年生)は全国でも有数の優美なお菓子作りで業界を牽引するトップランナーの一人。
昨年の2019年12月8日に、お父さんの洋治さんが創業されてから50年目を迎えました。尚樹シェフ、お店のルーツであると同時に、自分自身が子供時代に親しんできた味として、お父さんのレシピノートを開いてみるなどして“創業50周年記念ガトー”を開発しました。


●『アンモナイト』  高さ7cmほど。
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くるくるくるりん、可憐な苺色に彩られたきれいな渦巻きのロール。どこかゆかしくって可愛いなぁと思って眺めていると、やはり。
先代のお父さんと二代目の尚樹シェフとの共同で作った、といっていいお菓子なのでした。
お父さんのレシピノートで“ヴィエノワ”と名付けられていた生地を使っています。馴染みのある生地でいうと、ビスキュイ ア ラ キュイエールに近いとのこと。バターを使わず、比較的淡白な味わいで、しっかりしたコシのある食感。

アンモナイトという菓名は、渦巻き状の共通点だけでなく、今では化石化したような生地の美味しさを発見した歓びが隠されているのではないでしょうか。
お父さんが遺してくれた生地にジャムとクリームを塗り重ねてロールにしています。
ジャムは、苺とフランボワーズを合わせ、オレンジフラワーウォーターを加えています。クリームは、ヴァニラビーンズ入りの生クリームにマジパンを加え、オレンジのリキュールをコアントローともう1種。
薄くパサッとした仕上がりに焼いた生地ですが、ロールするだけで(何層にも重なるので)しっとり感が生まれます。
さらに生地にはアンビベも。シロップに苺、フランボワーズ、オレンジフラワーウォーター、コアントローなど、すべての風味付け要素入り。
トップには、苺と生地に塗ったクリームを昔懐かしい星口金で絞っています。

では一口。ほぉぅ、とても美味しい。なんて薫り豊かなのでしょう、ふうぅ!
大人しそうな顔をして、馥郁とオレンジの薫りが立ち上がって来るのです。はーっ大好きな匂いです。おしゃべりも忘れて、しばしうっとり。
その後おもむろに、生地の存在感に焦点があたって行きます。ズシッと締まった感じがあるのに少しも重くならずに、しっとりするりと溶けてくれるのです。
フリュイルージュの酸味がオレンジの香りでより華やかに広がって行く感じだし、クリームもマジパンで味わいがリッチで深くなった分、これまたオレンジの香りで軽やかなイメージに。
くるりんと沢山巻いた甲斐のある充実の味わい。すべてが生地の性格に寄り添っての統一感が、この上ない仕上がりを作り出しているのです。美味しいなぁ。

誤解を恐れずに言えば、苺のロールです。が、お子ちゃまが大好きな苺ミルク味(私も好きですが)ではない、大人の心を魅了するロール。ロールだからと敬遠しないで、大人にこそ、ぜひ。
それに、不思議なことに、いただいている最中も食後も、とても心地いいのです。なかなか味わえない体験でした。

お父さん、息子さんとの共同制作、空の上から見てくれていますか? 僭越ながらお見事ですの言葉をお贈りしたいと思います。


●『メルヴェイユ』  図り忘れ。
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開口一番、「これってベルギーのムラングシャンティです」とのこと。
こちらは尚樹シェフがベルギー時代の「ル・サントーレ」で“つまらないな”と思いながら作っていた、ベルギーでは定番中の定番のお菓子。どこのお店でも置いているし、人気も高い品なのです。
乾燥メレンゲとクレームシャンティを重ね、側面にもシャンティ、その上にチョコのコポーを張り付けて完成。構成要素も少なく、パティシエとしての腕の見せ所がなく、修業中の身としては、もっと難しいものに挑みたかったのです。そう若さゆえの拒絶、うんうんそうでなくちゃね。

でも、先を急がず立ち止まって考える余裕のできた今、作る上での難易度よりも、食べた時の美味しさがより重要と、このシンプルで素朴な姿の『メルヴェイユ』が愛しく思えるようになったのでした。昨年の暮れからラインナップに取り入れてみると、これが大人気。いつもほぼ完売するのだとか。

たしかに構成からすると、フランス菓子のあの甘ったるいムラングシャンティと同一のお菓子ですね。
私たちもこの容赦ない大甘が苦手で、30年ほど前に食べた「ジェラール・ミュロ」のものがたしか初体験。その時は、フランス人の味覚って…という惨憺たる感想でした。ですから、シェフがこのお菓子を満面の笑みで用意してくれ、ムラングシャンティですと宣言された時は、むむむ、と一瞬心が悲鳴を上げそうになりました。
いや、しかし、「ロトス洋菓子店」で食べた『ムラング シャンティイ キャラメル』を思い出し、あの時は宗旨替えしたくなるほど美味しかったじゃないの、と安心する私。三人でお喋りしながら、脳内会議は忙しいといったらありゃしない。いや、ロトスさんの場合は、甘いお菓子をほろ苦に替えたところが、技アリ一本、だったはず。
が、藤原シェフはキャラメル風味などにはせず、正面切ってのアプローチ。甘いままのイタメレとシャンティ、しかもミルクチョコって…嗚呼。

ところが、なのです。甘いと言えば甘いのですが、大甘には感じず、和菓子の和三盆を固めたお菓子のような懐かしい優しさのある甘さではありませんか。な、なんと! merveille メルヴェイユって、このことかとやっと気づく私です。

「甘さを控えた訳ではないですが、しっかり乾燥焼しているので、スルッと溶けてくれて、ヌチャヌチャと滞留しないから甘さが強く感じられないのだと思います」とシェフ。
ふむ、そういうこともあるのでしょうね。たしかにスルッと溶けてくれる快感も大きな魅力になっています。こちらもメルヴェイユの要素ありですね。

チョコレートコポーはミルクチョコですが、その甘さのレベルがメレンゲとピッタリ合っていて、とても相性がいいです。甘いだけのお菓子とは言えない、甘さのグラデーションと、チョコのコク・メレンゲ・シャンティ、それぞれの溶ける気持ちの良さといったら、もぅ。シンプルに見えて、意外と奥の深いお菓子なのでした。もともと昔から多くの人々に愛されてきたお菓子って、そういうものかもしれませんね。
濃い珈琲を飲みながら、ゆっくりと味わっていただきましょう。お見事。


技術の習得に燃え盛っていた当時は見えなかったシンプルな美味しさが、自分にとっての作る歓びと重なった今、藤原シェフの前途には本当に美味しいお菓子の可能性がグンと広がったことでしょう。今後の変化を見届けなくては。

●『アンモナイト』520円  『メルヴェイユ』500円  (※外税)
●「パティスリー ショコラトリー エメラ」
 奈良市富雄元町2-6-40  TEL0742-44-6006  定休日/水曜  営業時間/11:00~20:00(平日) 11:00~19:00(日祝)
※ブログ「パイ日和」では、こちらのお店の『アルザシアン』『ショソン オ ポム』をご紹介しています。