ラ・ベカス(1)2022年4月23日のディナーコース

レストランの食事はある種、中毒性があって、一度食べると尾を引いてまた食べたくなる。というわけで東京の「ル マンジュ トゥー」につづいて大阪の「ラ・ベカス」に食べに行った。
30周年記念の本を作ったこともあり、渋谷圭紀シェフを筆頭にサービスの小河さん、ソムリエの寺戸さんとも親しい間柄。テーブルを囲んだのはいつもの書き手のイワモトと、本を作ったときのカメラマン浮田輝雄さん。
彼とは30年来の仕事仲間。イワモトとはじつに30年ぶりの再会だったが、業界話もあり、お互い食べ物好き、映画好きで距離を感じずに話しが弾んだのだった。弾み過ぎていつもより料理への注意が散漫になるほど。これだけ愉しく過ごせたのは、親しさの空気に包まれた食事だったからだろう。(※書き手クボタ)

●『アスパラのスープ ホタルイカのリエット』
●『オマール海老と筍のサラダ』
●『アワビとホタルイカ』
●『帆立のラビオリ』
●『なにわ黒牛のポトフ』
●『石鯛のブレゼ 花ズッキーニ添え』
●『仔牛のロティ トリュフソース』
●『パンナコッタ グレープフルーツ 生姜とローズマリーのシロップ』
●『苺のスープ 蜂蜜のアイス』
●『ヘーゼルナッツのフィナンシェ』
●『エスプレッソ/ハーブティ』
●『パン ライ麦/全粒粉(ルノートルから空輸)』
●『ワイン ボルドー(カベルネソーヴィニオン)』

料理は渋谷シェフのお任せコース(事前にリクエストすればそれに応じたコースも組んでくれる)。毎朝、福島の卸売市場へ通ってその日シェフの食欲を刺激した素材を仕入れてきて、そこからコースの構成を考えるという即興的なライブ感覚に溢れた料理スタイル。
だからいくつもスペシャリテを開発しているが、固定したルセットはない。その日の素材の組み合わせで一番美味しくなるように考える。30年以上に渡って毎日、自分を料理創造の最前線に置きつづけてきたというのは、他の料理人からすれば信じられないようなハードな仕事に違いない。デビューのときから天才と謳われてきたが、そのパワーが寸分も消耗せず、いまだに毎日軽々と昨日の自分を越えて行こうとしているのだから天才を通り越した化け物、と呼びたくなる。
ではそんなライブパフォーマンスの内容をお伝えしよう。

事前にオードブル5皿、メイン2皿、デザート3皿と告げられ、最終的に食べられない素材の確認がある。肉はオードブル、メイン各1皿のみ。他すべて魚介類。そこへ野菜がたっぷり添えられ、季節を満喫出来るようになっている。
準メインの素材が繰り返し登場するときは扱いを変えて、新鮮な気持ちで向かい合えるように工夫されている。こういう場合、渋谷シェフ本人がその素材をいろんな形で食べたかったのだ。自分の食欲に従って作っているのだから。

●『アスパラ』
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旬のアスパラを惜しげもなくスープにしてしまう。浮き身はホタルイカのリエット。パプリカパウダーとオリーブオイルが少し。ボリジというハーブの花が飾られている。
淡い味わいのアスパラと対極にあるような、野趣に満ち濃厚な味わいのホタルイカ。塩気も強く圧倒的に印象が強くなりそうなのに、あくまでアスパラのスープとして記憶に刻まれる。不思議。もうすでに渋谷マジックは始まっている。

●『オマール』
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修業先の「アランシャペル」のスペシャリテだが、渋谷シェフも引き継ぎスペシャリテとしているが、自由に作り変えている。今回は筍との組み合わせ。ドレッシング代わりにパプリカのソースが掛けられ、筍に呼ばれるようにして木の芽があしらわれている。和と洋が無造作に同居させられているのだが、何の違和感もなく一体化している。
筍もオマールも茹でっぱなしで素の味わい。控えめなソースと香りでワクワクする一皿に昇華している。

●『アワビ』
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アワビは小振りだがたっぷりした厚みがあり満足感の基礎になっている。蒸されていて、縁の部分も柔らかな食感。添えられているホタルイカは茹でたものそのまま。アワビの下に崩したジャガイモが隠されていて、シェフのスペシャリテである“ホタルイモ”がこっそり顔をのぞかせている。
ソースは多彩でグリーンピース、アワビの肝、オレンジ果汁など。アワビの肝は常識的だが、グリーンピースで円やかにしてみたり、オレンジで南米風刺身のセビチェのようなキリッとした味わいに振れたり、行く通りにも味わいが変化する興味の尽きない趣向だ。

●『ホタテ』
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貝柱を丸ごとラビオリで包んでいる。ソースはカリフラワー。淡い組み合わせ。そこに細かく刻まれた春野菜があしらわれていてコントラストが明確になる。大振りの貝柱が奥行きのある味わいでシンプルながら、旨味を堪能できる。

●『ポトフ』
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近年、大阪のブランド牛“なにわ黒牛”がお気に入りの素材。渋谷シェフデビュー当時の1990年頃、フレンチレストランでは羊、鴨、鳩といったフランスをイメージしやすい素材が全盛だった。そこへ、10年ぶりに日本へ帰ってきて面白い素材として新鮮に映ったのが和牛。当時“和牛の壷煮”という料理を出していたことがある。和牛と野菜をブイヨンドブフで別々に煮るというものだが、今回の『ポトフ』の原型と思っていいだろう。
さらに日本化して野菜は大根、牛蒡、干し椎茸。調理法もグッとシンプルになっているようだ。30年前の料理は想像するしかないが、和牛の旨味も野菜の旨味もよりストレートに強烈に抽き出せているのではないだろうか。灰汁の強い、匂いも強い野菜を選んでいながら、濃厚な味わいでいてクリアに仕上げる技には端倪すべからざるものがある。
以前、そごう百貨店にカレーショップ「CUE」を出していたことがある(そごうの閉店とともに撤退)。そのカレーは臭みの元になりやすいコンニャク入り(じつは、おでんカレー/それを嚙んだ時の音が CUE!)だったのだが、まったく臭みを出さなかったというから、匂いの処理、アクの処理はお手の物なのだろう。

●『石鯛』
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花ズッキーニとはまた古典的な手法が出てきたものだ。切り身は蒸し煮、すり身を詰めた花の部分をしっかり茹でて、ズッキーニ本体はサッと茹で。トマトのソースが掛けられている。シンプルに素材が美味しい。
この辺りから少し酔いが回ってきたのと、話しが盛り上がってきて、料理への注意がかなり散漫になってきて、記憶がやや不確かだ。ご寛容のほどを。

●『仔牛』
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仔牛のロティにトリュフのソース。春野菜がたっぷり添えられている。
なにわ黒牛の後から出てくる肉としては仔牛は淡白。トリュフのソースの奥深さと強度が食べごたえのある力強さを生み出していた。仔牛は繊維がなめらかで、ねっとりに近く舌にまとわりつくような食感もあって、ソースが口に長くとどまる効果もあるのだろう。付け合わせのアスパラも立派でコースの最後を締めくくるにふさわしい重量感が味わえた。

●『パンナコッタ』
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合わせているのがグレープフルーツはオーソドックスだが、ローズマリーと生姜のシロップが刺激的。パンナコッタ自体軽い味わいなのに強烈な印象を残す。
●『苺のスープ』
定番の蜂蜜のアイスが添えられている。フルーツのスープ仕立ては普通の手法になったが、いつ食べても美味しい。
●『フィナンシェ』
フィナンシェは焦がしバターでノワゼットの香りを楽しませるものだが、ヘーゼルナッツを使って直接のノワゼット香。

●『エスプレッソ/ハーブティ』『ボンボンショコラ』
エスプレッソは少量だが、本当にエキスの部分しか抽出していない感じでとても濃厚でしかもマイルド。うまい。ハーブティは3種ほどのなかから、カモミールをチョイス。プティフールとしてホワイトチョコでコーティングされたスウィートチョコガナッシュが付いている。
●『パン』
「ルノートル」のものでフランスから空輸。ライ麦も、全粒粉もどちらもビアンキュイではなく、焼き込んだ香りより、生の粉の香りが立っているような特徴がある。単独で美味しいのではなく、食事の相方として控えめな美味しさを貫いている。
●『ワイン』
ソムリエの寺戸さんに「重めで安いもの」という無理な注文を出して奨めてくれたもの。「ボルドーのカベルネソーヴィニオンの特徴がよく出ています」との説明。とても滑らかな口当たり、喉越し。香りはユリの花系(ほんの少しビニール人形の匂いもあるが気になるほどではなく。これは小生のみの感想)。二口目以降どんどんフローラルな香りが優勢になって行く。食事を美味しくしてくれるワインだった。

一皿一皿は何気ないシンプルな料理だが、コース全体としてよく練られている。この夜の素材はオードブルからメインを張れる素材のオンパレード。とても豪華なコース。皿が届いて素材の名を告げられる度にワクワクした。
渋谷シェフがルセットを固定しないのは、おそらく20歳ころの体験に遡るのだろう。「ポールボキューズ」で最初の修業を始めた時、はじめのうちは熱心にルセットをメモしていたそうだ。ところがある日、VIP待遇のお客様が来た時、いつも出している料理が急に贅沢ヴァージョンに変化したのを見て、“なんだ変化させていいんだ”と気づき、そのときからメモを取らなくなったというのを聞いたことがある。同時に、一つひとつの料理の肝心な部分は何なのかを考えるようになったのだろう。その思考訓練が現在の渋谷シェフの料理を築き上げているのだと思う。
毎月1回1年に渡って食べつづけた料理だが、食べるほどに深みにはまって行くようだ。フレンチの魔の手は怖いものがあるね。

●ディナー@20000円 ワイン15000円  (税・サ別)
●「ラ・ベカス」
大阪市中央区平野町3-3-9  TEL06-4707-0070  定休日/日曜  営業時間/12:00~13:00(L.O.)15:00(Close) 18:00~20:00(L.O.) 22:00(Close)